新世界の歴史 - 二代目「通天閣」開業

1956年(昭和31年)10月26日 二代目「通天閣」が開業します。

ウェスト閃光電球2万個による同時発光の撮影会が催された。10月28日に竣工のはこびとなりました。初代にくらべていろんな仕掛けが施され(それは訪れてのお楽しみ)高さも随分と高くなりました。映画界の最盛期の時期とも重なり、新世界の絶頂期となりました。

当時、新世界には邦画封切館として、東映・松竹・東宝・日活・大映そして、新東宝等がすべてそろっており、入場者も多かった。その上、洋画の上映館もあり、映画の街といった感がありました。

しかし 繁栄は長くはなかったのです。テレビが家庭に入り、人々の足が映画館から遠ざかっていったのです。新世界の人気も、次第に一部の人々だけとなり、低迷期に入りました。

1969年(昭和44年)
地下鉄堺筋線開通(御堂筋線は 昭和8年に部分開通、昭和26年天王寺〜昭和町開通でほぼ完成する。)
1970年(昭和45年)
日本万博開幕。新世界にも各国からの人で賑わう。
1987年(昭和62年)
天王寺博覧会開幕。万博の賑わいほど新世界には、人々入れなかった。その跡地に 新しく天王寺公園を整備、開園する。
1995年(平成7年)1月
阪神大震災
1996年(平成8年)〜1999年(平成11年)
新世界大改造繙通天閣本通商店街及び南陽通商店街(ジャンジャン横町)のアーケード新設しました。又新世界各通りの新カラー舗装化も完了しました。
1996年(平成8年)10月〜平成9年4月まで
NHKで「ふたりっ子」放映された。天下茶屋が新世界の隣にあるような、若干つじつまの合わない点はあるにしても、主人公を演じた三倉佳奈・茉奈(長じて演じたのは岩崎ひろみ・菊地麻衣子)の人気が爆発的で、このテレビのお蔭で、新世界は全国人気になり、再び活況をていするようになる。新世界でも長期ロケをし、特に通天閣や今は歌謡劇場になっているかつての将棋センター等でのロケには、多くの人達が見物した。その歌謡劇場で実際に歌っていた叶麗子がモデルの河合美知子の歌も大フィーバーしたのはつい最近のこと。。
1997年(平成9年)
「フェスティバルゲート」「スパワールド」開設。旧市電車庫跡地に、都市型遊園地ができた。「フェスティバル・ゲート」と世界の大温泉である「スパワールド」です。大正時代の初代通天閣を中心とした、ルナパークやラジウム温泉の再現を思わせるものがあります。家族づれをはじめ若い男女が、日一日遊べる娯楽場としての新世界の象徴となってきている。
2000年(平成12年)3月
新世界のインターネットホームページ開設新世界の商店街の青年部が、新しい世界を目指して新世紀の「New World」建設に取組みます。